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学祭が終わって・・・

2007.11.05 Mon 23:38

とうとう昨日、学生生活最後の学祭を終えました。
なんだかんだ感慨深いもので。
こうやって、一つ一つのことが終わっていくんだなと、ちょっと傷心気味。

そんな学祭&打ち上げの中、心に残ったことがあったので書いておこう。

前に書いたと思うけど、サークルで写真を撮ったりしてる。
その間長いこと、「自分らしい写真とは何か」っていうことを考えることがある。
なんだか時々、「うん、○○(本名)らしい写真だね」って言われることがよくあって、それがどうにも気になって。

自分が、表面上大多数とは違うことは致し方のないことだとは分かっているつもりだけど。
それを、自分が好きなように撮っている写真に対しても適応させて言われるのは、若干の心外なわけで。
一般的なものを、一般的に撮りたいと思ってるわけではないけれど、特別違う風に撮ってるわけでもないから・・・。

ちゃんと私の写真を見てくれているのか、それとも一つの枠に押し込めて、表面上だけを見て「○○(本名)らしい」って言っているのか分からなくて。
後者であるのなら、それは嬉しくない。
撮ってる写真はそれぞれ、その時の私の心のままに撮ってるのに・・・。
簡単に、一概に、言わないで・・・って。

だから最近は、「○○らしい」って言われたら、どこがどう「らしい」のか聞いてみることにした。
どこが?何が「らしいの?」って。ちょっとしつこいくらい。

そしたら今回、写真をよく評論する後輩くんは、「せつない感じ」と。
う~ん、なるほど。それは一理ある。
本当に「せつない」かは別として、彼の「○○らしい」は私の表面上のことじゃないことは分かった。
あぁ、私の写真をちゃんと見てくれたんだな。
それも、前の分も覚えてて、それとも重ねて言ってくれてるんだなって。

そして先輩さんは「視線というより視点が好きかな」と。
なるほど、「視点」。
あー、そっかーって、なんか分かった。
今まで悩まされてたことは、この一言に凝縮されてるのかなぁと思った。

ずっとずっと、「視線」の方ばかり気にしてた。
自分の視線はどの高さにあるのか、自分の視線はどの範囲しか見ることができないのか。

でも、彼女が言ったのは「視点」。
どの位置、どの角度からだけじゃない。
どんな見方があるのか、どんな気持ちをそこに見出すのか。
それが私らしいと。

もちろん、たぶんその「視点」だって、表面上のことが十分自分の精神的な面に影響してるはず。
それはそれでいい。
ただ表面上の「視線」ではなく、私なりの私の心や頭が作用して選んだ「視点」で、一瞬を切り取りたい。
そして、それを分かってもらいたい。

「視点」という言葉対して、私はこんな風に勝手に色々考えたわけだけど、「視点」だと言ってくれた彼女は、少なからず何かを汲み取ってくれたんじゃないのかな・・・と思うから。

うん、嬉しいな。
それと、テーマを決めて撮ってみるのもいいんじゃないかって言ってた。
そうすることで、たぶん「視点」の幅が広がるって言ってくれたんだと思う。

前に、同じような状況の人で、分かってくれた人がいた。、
きっと、全員が全員、どんな気持ちで写真を撮ったかとか、どんなことを伝えたいかよりも、表面だけで判断する人もいる。
それでも、自分のスタンスをしっかり持ってやっていけば、それでいいんじゃないかって言ってた。

うん、私もそう思う。
誤解されるのが嫌だって思っても、写真を撮って、誰かに見てもらうことは楽しいこと。
簡単に止めたくはない。
くじけそうにはなるけども、今回みたく一歩踏み込んで見てもらえたらいいなって思うから。

たぶん、「視点」云々のことは、当分忘れない。
何度も立ち返って考えて、思い起こす言葉になりそう。
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