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考えてみよう~幼少期~

2006.09.27 Wed 17:52






そんなわけで、初めました「自己分析」。
ここに書く間だけでも、真剣に自分と向き合おうという、無意味に、真っ直ぐ真剣☆

そんな第一回は、幼少期。
小学校に上がるくらいまでを振り返ってみよう~♪





***

幼少期の頃で、一番古い記憶は何だろう?って考えてみるけど、まったく不確か。
保育園でのことだった気もするし、家での出来事や、お出かけした先でのことだったような気もする。

私が保育園に通いだしたのは、5歳位で、ちょっと遅めだった。
その前は、確か母と二人で、一日中家にいた。

母は、結構・・・なんていうのかな・・・早寝早起きとかが苦手な人。
だから、私自身、小さい頃、結構夜まで起きてた気がするし、朝も遅かった気がする。
その頃はまだ、保育園に通っていなかったこともあって、友達もいなかったし、外に一人で出かけるということもほとんどなく。
昼寝とかしちゃう母の隣で、結構ヒマだった記憶がある。

そうそう、確かその頃だと思うけど、そんな母にいらいらして、紙切れに罵倒の言葉をしたためて、ストレス発散したことがある。
たぶん、そんなことをしたのは一回だけだと思う(思いたい)けど、その紙切れをぐしゃぐしゃにしてゴミ箱に捨てたら母に見つかった(爆)
きっと、母に対して文句が沸いた最初は、この頃なんだろうなぁと思う。
結果、なんだかんだと怒られたんだけど・・・そんなこと忘れただろうと思っていたつい数年前、何かの拍子にその時のことを持ち出されてビックリ。

あと、たぶん幼少期の家での思い出だと思うのだけど・・・。
ビデオデッキを取り替えるとかで、ガラスの扉がついた棚を置くことになったの。
その時、ガラスに映った自分の顔を見て、なぜか驚いた記憶がある。
金髪碧眼のお人形さんみたいな自分を思い描いていたのかも(笑)

幼少期のほとんどは、一人っ子だったから、結構可愛がって育てられたっぽい。
病弱で、入退院も多かったけど、そのときのことはなんとなくしか覚えてない。

あ、でも、病院の掃除のおばちゃんと仲良くなって、入院中「おはよー」って挨拶してた。
で、もう一度会うと、またおばちゃんが「おはよー」っていうの。
そこで私が、「二度目だよー。」って突っ込んでた気がする・・・(笑)

あの頃は、一人っ子で家の中も余裕があったから、お出かけもいろいろした。
あんまり記憶にないのが残念だけど、おばあちゃんや、おねぇちゃん(母の妹…つまりおばさん。あの頃は若かった。)も一緒に、わいわい行ったような気がする。

保育園に入ってからは・・・う~ん、どんなだったっけ・・・。
入園が遅かったから、他の子にかまってもらうっていう感じだったかな?

あ、そうそう、砂場遊びとか好きだったんだけど、母が綺麗好きで、汚して帰るとこっぴどく叱られるから、汚さないようにすんごい注意を払って遊んでたかも。

先生とかも優しかったんだけど、給食を残すと食べきれるまでそのまんまで、帰りまでに食べきれないと、お母さんを待たせてでも食べさせるという方針だったから、それがちょっと・・・。

友達は・・・小学校、中学校をも同級生になる人たちだったんだけど・・・あの頃は、皆天真爛漫だったなぁ。
あの頃は、全体的に皆と仲がいいって感じだったような気がする。

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幼少期の総評

一人っ子・入退院等、子供よりも大人と関わることが多く、自発的に動くよりも、かまってもらう形が多め。
その為、大人に受けのいいキャラクターでいようとした傾向少しあり。
掃除のおばちゃんに突っ込んでいたことから、多少なりとも、強気な部分があったかもしれない。
一方、母の感情の矛先が自分と父にしかなかったため、小さいなりにいろいろ気を使っていたような・・・。

なぜか、金髪碧眼だと思っていた節があり、もしや、今の英語好きは、そこから来ているのか・・・?なんて。

今思うと、同年代の友達がいた期間が短く、いろんな人と接するという機会も限られていたため、そういう機会があるとそれなりに楽しんでいたかも。
・・・看護婦さんとかとも仲良くなってたような気がするし。
それはもしかして、一人でいるよりも、「いろんな人と一緒にいたい」と考える所以なのかな・・・と思ってみたり。

と、言うわけで、まとまりなく幼少期編終了。

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