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映画「ジョゼと虎と魚たち」

2006.02.02 Thu 18:28

今日も、感想文を。
・・・なんだか、最近多いなぁ。

そんなわけで、今日は「ジョゼと虎と魚たち」。
これまたやっぱり、年末にDVD録画したものです。

ハリウッドものの映画って、あんまり語ることも考えることもないけど、日本のってなんだかね。
なんとなく見たいと思っていて、わざわざ録画したんだしねぇ。

ちなみに、年末年始録画パレードとしまして、「ブリジットジョーンズの日記」と「ジョー・ブラックによろしく」もあり。
たぶん、この二つは、鑑賞というよりも娯楽って感じだけど。

***

この映画の主人公は、主に、恒夫役の妻夫木聡とクミコ(ジョゼ)役の 池脇千鶴。
この二人は、私的にはあんまり好きな方ではないけれど、この映画にこの二人は、結構マッチしてたと思う。

何よりも池脇千鶴の、障がいを持ったジョゼをうまく演じてたんじゃないかな。
口調とかも、すごく考えてそういう風にしたんだろうなと思うし。
最初から、最後まで、一貫して安定した演技だなぁと、思わず関心したくなるくらい。

そうそう、台所の椅子から飛び降りるのは、本人がやったのかしら?
ちょっと痛そう・・・と思ったり。

で、妻夫木聡は、これまた割り切れない感じの恒夫としてはよかったかな。
あの平坦な感じが、微妙に合ってるよね・・・。

映画の全体的な雰囲気は、なんとも独特な世界観をかもし出していたような。
ジョゼの、最初の衝撃的な登場も、恒夫が家に上がったところも、流れはありそうもないのに、不自然なく淡々と進んでて。

二人の恋愛は、あの状況としてはまったく自然。
だけど、もう一人の大学の同級生との恋愛も、自然。
それがつらい。

だけど、あの同級生は、すごく差別的。
・・・でも、そんな人がこの世の中にはいっぱいいるんだろうな。
福祉とか介護とか、うまいことばかり言って、結局自分に関係することになると、忌み嫌う。

それに、恒夫の弟とかが、「障がいを持った人としゃべるの初めて」みたいなことを言っていた。
やっぱりそれぐらい、多くの人は、そういった関わりがなくて、他人事みたく思っているのかな。

ジョゼのおばあちゃんの言葉は、なんともイタイ。
今も、障がいを持っているというだけで、そんな風に扱われる人はきっといるんだと思う。
あんなことを言われる必要なんかないし、社会的に追い詰められるいわれなんてないのに。

おばあちゃんの言葉のせいか、ジョゼは若干無気力気味。
もっともっと、世界を見たいと思うのに、それができない矛盾が、あの本の山に詰まってる。

彼女の世界を広げたのは、恒夫。
一年間も同棲の後、彼は同級生の彼女のところへと去っていく。

その理由は、「逃げた」という言葉でしか語られない。
そこには、ジョゼの悲しみも、恒夫の悲しみもあったはずなのに、その別れは随分とシンプルなもので。
彼の気持ちがつかめないけれど、このシンプルさのおかげで、この映画が、恋愛映画として成り立ってるんだと思う。

ジョゼを殴ったことを知っているのに、結局は同級生を選んでしまった恒夫の気持ちは、まったく分からないし、分かりたくない。
だけど、あんな同級生と長く続くとは思えない。

そうそう、この映画の感想文で、いくつか、性描写はそれほど必要じゃないんじゃ・・・という意見が書かれてた。
でも、私は、あの場面は必要なものだったと思う。

障がいを持った人というと、純真無垢で一生懸命なイメージを持つ人がいるのかもしれないけど、私は、そんなイメージこそ間違ってると思うから。
肉体関係を築くのもいいし、恋人に捨てられて、一人台所で鮭を焼くのもいい。
だって、それって、誰にでも当てはまることだから。

この映画のよかったところは、そういうところ。
障がいを映画のエッセンスとして使ったけれど、それを中心に持ってきたわけではない。
ちゃんと、ジョゼと恒夫の恋愛を描けていたんじゃないかな。

・・・たとえ恒夫が、両親に紹介することや、障がいを持ったジョゼとの生活から逃げたとしても。
・・・彼の中途半端な決意が、ジョゼを傷つけたとしても。

出会わなかったら得られない思い出はあったはずだから。

最後に、映画とはまったく関係ないけれど・・・。

映画の最初に、「身体障害に関して不適切な表現~」とか言うテロップが表示された。
もちろん、それがなければ、ひどい映画だと勘違いする人もいるだろう。

だけど、その表示こそが不適切だったように思うのはなんでだろう?
それは、その言葉を読んで、身構えてしまったことでもある。

そして、それは、ジョゼのおばあちゃんがジョゼを隠すような状態が、人々に知られていないからでもある。
そんな不平等があることが知れ渡れば、そんなことをすること自体が間違ってることが分かるのに。

お互いが、偏見や変な理解に囚われず、正しく理解しあうのって、なんて難しいことなんだろう?

映画の終わりに、簡単な司会者みたいな人が、映画の感想と次の映画の予告を言うんだけど。
この映画のことにはまったく触れず、あんまり関係ない「寅さん」のことでごまかしてた。

あぁあ、そういう部分の方が、映画よりなってないよ・・・。

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