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篤姫つらつら

2008.12.13 Sat 14:53

今、「篤姫」の先週分の再放送を見終わったところ。
久々に、思うことをつらつらと。

今放送してるのは最終回の一つ前「明治前夜の再開」。
篤姫と小松さんが囲碁を打っている場面。
小松さんの恋心を、今更に篤姫に告げたところ。

我が家で話題になったのは、その会話の中でのこと。
セリフは、記憶上のものなので、やや適当だけど…。

小松:「僕と一緒になってくれましたか?」

篤姫:「それを聞いてどうするのですか?」

小松:「自分の気持ちに蹴りをつけたいのです。」

篤姫:「……亡き夫に聞いてみます。」

小松:「それはずるいなぁ」

というところ。
特に、最後の二台詞。

私は、「ずるいなぁ」と言った小松さんの方がよっぽどズルイなぁと感じてしまって。
…だって、「蹴りをつけたい」と言うことは、たとえ自分が結婚してくださいと言ったとしても、断られただろうという確証が欲しかったということ。

そんなことを聞いたら、篤姫だってたとえ「できることなら貴方と結婚したかった」なんて思っていても、決して言えない。
相手に蹴りをつけさせてあげることが、できなくなるのだから。

でもうちの母は、亡き夫の名前を出した篤姫の方がズルイと。
小松さんの質問を、結局のところはぐらかしたのにすぎないのだから。

そういう考えもあるんだなぁと思ったけれど、今日の再放送を見て、やっぱり私は小松さんの方がズルイなぁと再確認。
篤姫の言った「それを聞いてどうするのか」と「亡き夫に聞いてみる」というのは、彼女の一世一代の強がりだったんじゃないかなぁと思うから。
彼女が強がりであることを誰よりも知っていたはずの、小松さん。
自分が楽になりたいからと言って、「蹴りをつけたい」なんて言うべきじゃなかった…。

まぁ、たぶんそう感じるのは、私が強がりであるからなんだと思うけど。
表情の細やかな演技一つ一つをとっても、そんな風に感じるし。

だって、もし自分があんな風に聞かれたら、たぶん同じような答えをするだろうなって思う。
言ったところでどうしようもないのは確かだけれど、「相手を楽にしてあげたい」「自分の生きてきた道を信じたい」って思うだろうし。

だから、こうした発言の後、自分の一世一代の強がりと押し殺してしまった本当の言葉に、涙が溢れて、同時に頑なな表情をしたんだろうな…なんて。
「薩摩での暮らしは、宝物です」の発言は、強がりの彼女にとっての出せる限りの本音。
その裏には、「薩摩での暮らし=小松さん」は、大奥でのことがあっても揺るぐことのない想いとしてあるんだよって伝えたかったんだと思う。

囲碁を打って言った「終わりですね。」は、囲碁の勝負の終わりでもあるし、自分たちの想いの終わりでもあるし、過去を振り返る話の終わりでもあって…。

もしこういうつもりで脚本ができていたら、結構切ないなぁ。
だけど、強がりの嘘は、みんなに見抜いてもらうことはできないわけで。
みんなに伝わりきるのは、難しいんだろうな…と。
どこか自分に重ねてしまったり。

勝手につらつら書き綴ったけれど、これは私の個人的意見。

だけど、この場面は深いなぁと思ってしまったのでした。
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