スポンサーサイト

--.--.-- -- --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

3年目から4年目へ突入

2011.03.31 Thu 21:20

社会人になって3年。
明日からは4年目に突入です。

3年前の今頃は、次の日から社会人となることに怯えてた。
だから、3月31日になると、ついつい感傷的になる。

会社で3年過ごして、一体何が変わったのかな。
私自身は、ホントは全然変わっていないような気がするし、むしろ変わっていたくないなと思ってしまう。
3年前に感じていた不安は確かに今もココにあって。
むしろ、あの時に感じていたがむしゃらにカラッポな闘争心の方が、今は減ってしまったような気がする。

3年というのは、どこか節目的な響き。
だけど、まだまだ迷ってる。

幸か不幸か、震災の影響で社内環境にちょっと変化があった。
今は、そこに若干の期待を抱いているけれど、どうなるのか分からないし、そもそもだから何なんだろうとも言える。
自分自身の時間・体力を、これからもこの会社と仕事に注ぎ込んでいいのか、それこそが、問題なのだから。

注ぎ込みたい何かを見つけたいと思っていて、でもずっと見つけられてない。
3年目が過ぎたからといって、のうのうとしていちゃだめなんだ。

青い鳥を探しているだけなんじゃないかっていう不安と、それでも真に求めるものを見つけたいという想い。
時間は限られているのだから早く、そして自分の人生を真剣に考える日々を送らなくちゃ。
スポンサーサイト

2年目研修感想

2009.07.05 Sun 20:31

二日間の入社2年目フォロー研修が終わりました。
いろいろと、思うところが多かったので、こちらにメモメモ。

(1)同期たくさん♪

約1年ぶりに、同期全員と会いました。
毎日、部署内の少数の人数で、同じメンツと顔を合わせ続けるのはなかなか辛い。
そもそも、積極的な性格とは言い難いので、気を許した相手でないと会話が続かないというどうしようもなさ。
懇親会も入れてこの三日間、今までの会社生活の中の私じゃないみたいに、たくさんたくさんしゃべりました。
なんか、現状の生活を送っていたら、いつかしゃべれなくなりそう・・・かも(汗)

(2)低参画集団
たしか、こんな名前が付いていたような・・・。
うちの部署のグループは、まさにこんな感じ。
集まって意見を出し合っても、プラスに向かないような集まり。
ほんと、ダメダメだね・・・って、改めて気付かされました。
まぁ、自分も他人事ではないのだけれども。
研修中の班行動では、ズバズバ意見を出す営業くんや、それに突っ込みを入れたりする研究所員さんがいて。
去年の私も、あんな風にズバズバ意見が言えていたのにね。
この一年間で、何を失ってしまったのだろう?

(3)性格診断テスト
研修中に、そんなテストを受けました。
人事に提出する可能性があったので、ちょっといい子ちゃんを装ってみたら・・・なかなか面白い結果でした。
それじゃあ実際は?ということで、家に帰ってからもう一度やってみました。
会社でやったのは、グラフが「М」の形を描いたのに対して、家でやったのはちょうど反対の「W」の形。
基本の位置は変わらないんだけど、5つ中3つのポイントが、会社でやったのと正反対の結果でした。
つまり・・・その正反対だったところがまさに、自分がネコをかぶってる部分だってことね。
たしかにいろんな人と接するときは、やや天真爛漫気味(笑)
診断結果では、暴走族のリーダータイプで孤高の人らしい。
でも内にこもると、やや臆病で、気にしたがり。
あーあー、こうもはっきり見えるとなんだか笑えるなぁ・・・なんて。
どっちが本当の自分なのかしら。

そんなこんなで、考えさせられることの多い研修でした。

リフレーミングとか、ポジティブシンキングをすれば、少しは何かが変わるのだろうけど、私はそういうのは嫌い。
なんか、自分をだましてるみたいで。

でも、たとえいつかこの会社に見切りをつけるにしろ、こんな中途半端なままはイヤだなぁ。
3か月くらいで期間を区切って、気持ちを入れ替えて、ちょっと仕事に集中してみた方がいいのかもしれない。

たくさんの人に会って、いろんな考えに触れて。
自分は、こういうことをもっとしたいと考えてるんだろうな。

会社だからできることなのか、会社だからできないことなのか。
それは、この場所だからなのか。
それなら、自分はどうしたらいいのか。
それとも、自分が変わるべきなのか。

まだまだ模索するんだろうけど。
ちょっとだけ。
1年前の、がむしゃらだったり、新しいことを追い求めてた自分に戻れた気がする。
マンネリな毎日だけど、気持ちを入れ替えて、シャキッとした自分でやってみよう。

篤姫つらつら

2008.12.13 Sat 14:53

今、「篤姫」の先週分の再放送を見終わったところ。
久々に、思うことをつらつらと。

今放送してるのは最終回の一つ前「明治前夜の再開」。
篤姫と小松さんが囲碁を打っている場面。
小松さんの恋心を、今更に篤姫に告げたところ。

我が家で話題になったのは、その会話の中でのこと。
セリフは、記憶上のものなので、やや適当だけど…。

小松:「僕と一緒になってくれましたか?」

篤姫:「それを聞いてどうするのですか?」

小松:「自分の気持ちに蹴りをつけたいのです。」

篤姫:「……亡き夫に聞いてみます。」

小松:「それはずるいなぁ」

というところ。
特に、最後の二台詞。

私は、「ずるいなぁ」と言った小松さんの方がよっぽどズルイなぁと感じてしまって。
…だって、「蹴りをつけたい」と言うことは、たとえ自分が結婚してくださいと言ったとしても、断られただろうという確証が欲しかったということ。

そんなことを聞いたら、篤姫だってたとえ「できることなら貴方と結婚したかった」なんて思っていても、決して言えない。
相手に蹴りをつけさせてあげることが、できなくなるのだから。

でもうちの母は、亡き夫の名前を出した篤姫の方がズルイと。
小松さんの質問を、結局のところはぐらかしたのにすぎないのだから。

そういう考えもあるんだなぁと思ったけれど、今日の再放送を見て、やっぱり私は小松さんの方がズルイなぁと再確認。
篤姫の言った「それを聞いてどうするのか」と「亡き夫に聞いてみる」というのは、彼女の一世一代の強がりだったんじゃないかなぁと思うから。
彼女が強がりであることを誰よりも知っていたはずの、小松さん。
自分が楽になりたいからと言って、「蹴りをつけたい」なんて言うべきじゃなかった…。

まぁ、たぶんそう感じるのは、私が強がりであるからなんだと思うけど。
表情の細やかな演技一つ一つをとっても、そんな風に感じるし。

だって、もし自分があんな風に聞かれたら、たぶん同じような答えをするだろうなって思う。
言ったところでどうしようもないのは確かだけれど、「相手を楽にしてあげたい」「自分の生きてきた道を信じたい」って思うだろうし。

だから、こうした発言の後、自分の一世一代の強がりと押し殺してしまった本当の言葉に、涙が溢れて、同時に頑なな表情をしたんだろうな…なんて。
「薩摩での暮らしは、宝物です」の発言は、強がりの彼女にとっての出せる限りの本音。
その裏には、「薩摩での暮らし=小松さん」は、大奥でのことがあっても揺るぐことのない想いとしてあるんだよって伝えたかったんだと思う。

囲碁を打って言った「終わりですね。」は、囲碁の勝負の終わりでもあるし、自分たちの想いの終わりでもあるし、過去を振り返る話の終わりでもあって…。

もしこういうつもりで脚本ができていたら、結構切ないなぁ。
だけど、強がりの嘘は、みんなに見抜いてもらうことはできないわけで。
みんなに伝わりきるのは、難しいんだろうな…と。
どこか自分に重ねてしまったり。

勝手につらつら書き綴ったけれど、これは私の個人的意見。

だけど、この場面は深いなぁと思ってしまったのでした。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。